ためらわない,迷わない

仕事を辞めた。そして自由人になった・・・。

相続ドタバタ物語① 遺言

遺言。
巷では「ゆいごん」といわれているが、法的には「いごん」が正しい。


私は以前、訴訟関係の仕事をしていた。
数ある民事裁判の中で、遺言書さえあれば訴訟に発展しなかっただろうに・・・という事案を山ほど見てきた。


私も父が他界し母親だけになった時、将来残された子どもたちの間でトラブルが起こらないよう、ちゃんと遺言書を書いてあるのか気になっていた。

誤解を受けては困るが、自分が相続で有利になりたいとか、そういうことではなく、遺言の内容よりも遺言書そのものがあって、ちゃんと保管しておいて欲しいという一途の気持ちからだ。


しかし、それを母親に聞くというのは難しい問題で、ひとつ言い方を間違えたら
「お前は私の財産を狙っているのか?」と、とんでもない事態になってしまう。


それでも放っておく訳にもいかないので、意を決して実家に出向いた。
そして母親に、やさしく、静かに、ゆっくりと、ていねいに話をしたところ・・・。


「お前は私の財産を狙っているのか?」 やっぱり言われた。
『そうじゃなくて、おかあさんがいなくなった後、子どもたちが財産のことで揉めたら困るでしょ?!』
「あなたたちを、そんな子に育てた覚えはありません!」
『そりゃそうなんだけど、子どもにはそれぞれ家族が付いているから一筋縄ではいかないんだよ』


しばらくその様な会話が続き、私はコテンパンに打ちのめされて家路についた。
まったく最悪な一日だった。


もうダメだ。当分実家の敷居はまたげない。と意気消沈していたら、数日後に母親から電話が入った。
「迷い人、早く来なさい!」
こえ~よ。行きたくないよ~。
と思いながらも招集令状が届いたからには出頭しなければならない。
私は渋々実家に車を走らせた。


家に着くと母親から
「迷い人、あれから色々と考えた結果、遺言書を書くことにした」と切り出してきた。
へっ? どういう風の吹き回しなのかと驚いていたら
「あれから近所の人や地域の民生委員に相談したら、やはり遺言書は書いておいた方が良いと言われた」
息子よりも近所の人のいう事を聞く母親・・・。


『遺言書は自筆で書き、日付を書いて印鑑を押すこと、○○月吉日なんて書いちゃダメ、封をしたら割り印をすること』など、ひととおり注意事項を説明して帰ろうとしたら
「面倒臭いなぁ、あんた書いてよ」
『だから自書でなければダメなんだってば!』
「私さぁ、手首が痛くて・・・。なんでもっと早く言ってくれなかったの?」
『あのなぁ!』


母親の豹変する態度に半ば呆れかえりながらも、とりあえず遺言書を書いてもらうという目的は達成した。

家に着くと母親から電話が入った。
「迷い人、遺言書は書いて台所の奥にしまっておいたから、万一の時は頼んだよ」
『うん、分った。』
「迷い人!」
『なに?』


「ありがとうね!」


この言葉が唯一の救いとなった。

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