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仕事を辞めた。そして自由人になった・・・。

公務員日記② あの子は今?

迷い人

今から40年くらい前、私が児童福祉課に勤務していた頃の話。


あの日の朝も連日の猛暑が続いていた。


私は職場に着いて汗を拭いている間もなく課長に呼ばれた。


『早朝、産婦人科医院の前に新生児が捨てられてた。犬の散歩をしていた高齢者が見つけて警察と消防に連絡したらしい。現在、赤ん坊は病院に収容されている。母親が見つからない場合は、乳児院への移送も考えられるので"迷い人"君、準備してくれ!』と。

※画像はイメージです。


「はい!」


元気よく返事をしたものの、初めてのケースなので(こんなことが頻繁に起こっては困るのだが)多少戸惑ったが、警察・消防・児童相談所へ連絡して事実関係の確認から始めた。


発見が早かったせいか、新生児の健康状態は良好で、すでに乳児院に移送されていた。

※画像はイメージです。


母親が見つかる見込みは薄いらしい。


ということで、私はこの新生児を乳児院に入所させる手続きを始めた。


必要な要件は


1 名前の命名  市区町村長が名前を決定する。秘書課


2 戸籍の作成 市民課戸籍係


3 母子手帳の作成 健康保健課


4 申請書の作成及び総括 児童福祉課


まずは秘書課から連絡調整をはじめた。


この事件はすでに市長の耳に入っていて、今、市長が名前を考えているとのこと。さすが秘書課、仕事が早い。


次に市民課は


戸籍係長は以前このようなケースを扱ったことがあったので、すぐに取り掛かってくれた。


健康保健課は


気の強そうな保健師が『母親のいない母子手帳は作れません』という。


「乳児院に入所させる申請書の添付書類に母子手帳と定められているから、作れない訳はないだろう?」


それでも頑なに断ってきた。

頼むから作ってくれよ~!


私は怒鳴りたい気持ちをグッと押さえていった。


「市長から『母子手帳はどうした?』と聞かれたら、〇〇保健師、あなたが説明してくれ!」といって電話を切った。


保健師のような専門職は自分の世界の中で働いているから自分勝手な奴が多い。


※注 全ての保健師がそうではありません。


いよいよ市長の命名式(?)の日が来た。


秘書課が気を効かせて、私と戸籍係長と例の保健師に市長と会う機会をつくってくれた。


私たちが市長室で待っていると、市長が入って来た。


そして厳かに・・・『名前は〇〇〇〇〇とする』といった。

名前は〇〇〇〇〇でどうかな?



名前の中に、新生児が発見された地名の一部と、この年に話題となった著名人の名の一部が組み込まれていた。


市長は教育者だったからか名前をつけるのが上手い。


まるで芸能人みたいなカッコいい名前だなぁと、他人事ながら惚れぼれしてしまった。


私なんか、父親が近所の神社に行ってお札(?)のようなものを引いて決めたという。

おみくじかい?!


名前が決まったので、戸籍と母子手帳の作成が始まった。


あれだけ拒否していた母子手帳だったが、わずか数日で出来上がった。


戸籍は市の業務だけでは完結しないので、どうしても1週間以上かかった。


出来上がった添付書類と申請書を持って私は乳児院に出向いた。


郵送では失礼だと思ったからだ。


そこには市長が名付けた赤ん坊が、すやすやと眠っていた。


県の職員によると、まだ臍の緒がついたまま段ボール箱に入れたらていたそうだ。


「もし、母親が見つからなかったら、どうなるんですか?」


『里親を探すしかない』


「里親のなり手がなかったら?」


『施設に入れるしかない』


職員の話によると、母親が見つかるケースは極めて稀だそうだ。


『それにしても〇〇市さん、ずいぶん遅かったじゃないか!』


職員は毅然とした態度でいった。


「申し訳ございません。なにしろ手続きが不慣れだったもので」


これは自分たちの不手際なので"平身低頭"深々と頭を下げた。


その時、職員の態度が変わった。


『そうなんだよな、こんな事件に慣れてしまう世の中ではいけないんだよな』


と淋しそうに語った。


私はその職員にお礼をいって施設を去った。



あれからずいぶん年月が経った。


もし、あの時の子が元気でいてくれたら40歳近くなっていると思う。


あの子は今?

あの子が元気で家庭を持ち、社会で立派に働いていてくれたらいいなぁと思う。



ではまた!


See you !

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