私の住んでいる千葉県の印旛沼周辺で恐ろしい事が起きました。
千葉豪雨に始まり台風による大雨の影響で、ついに印旛沼の堤防が決壊してしまいました。
9月23日の大雨により、翌日の24日に北印旛沼が決壊しました。

この時点での決壊は、まだ2か所でした。
印旛沼は千葉県の北西部に位置し、北印旛沼と西印旛沼が水路で繋がっています。
今回、決壊したのは北印旛沼になります。
ここで注意しなくてはならないことは、決壊した24日には雨が止んでいたということです。
大雨が降った後、雨が止んだからといって沼や河川の様子を見に行っていたらとんでもないことになります。
昔の人は「雨が降ったら川に近づくな!」というのは、正にこのことです。
その後、決壊は3か所に増えていました。

✕は決壊した場所 白い部分は冠水した場所です。
私たちは24日から旅行に行っていたので、3か所に増えたのは富良野のホテルで知りました。
では、なぜ印旛沼が決壊したのでしょうか。

印旛沼には鹿島川、高崎川をはじめとする多くの川の水が印旛沼に流れ込みます。
元々水が集まりやすい地形なのです。
印旛沼の水位が上がると印旛機場から利根川に排水したり、大和田機場から東京湾に排水するしくみになっています。

あくまで理論上は・・・。
水位を断面図で見ていきます。

印旛沼の水位が上がって、利根川に排水する頃には利根川の流量も水位も上がっています。
水は上から下に流れますから印旛沼の水は利根川に放流出来なくなります。
すると、大和田機場からポンプアップして花見川を通り東京湾に放流するしかありません。
印旛沼の周辺市町村は大和田機場に排水をお願いするのですが、ここで大量に放水すると花見川周辺の地域が冠水するので、おいそれと安請け合いは出来ません。
痛しかゆしというか、ジレンマというか、大人の対応が強いられます。
そもそも、1000年くらい前の地図を見ると、こんな感じです。

今回被害の大きかった佐倉市は、元は麻倉(あさくら)といって利根川と印旛沼を水路として麻の産業で発達してきました。
その後、印旛沼の水をせき止めて干拓し、田畑を耕作してきた経緯があります。
こちらが今回印旛沼が決壊した水域です。

濃い青い部分が印旛沼で、薄い青い部分が決壊後により広がった印旛沼の状況です。
決壊した北印旛沼はもちろんのこと、西印旛に通じる水路も冠水し、随分大きく太く広がっています。
ここで大変興味深い資料を見つけました。

左が大正10年頃の干拓事業前の印旛沼です。
右は平成5年頃の干拓事業後の印旛沼です。
聡明な読者のみなさんならすぐにお気づきだと思いますが、印旛沼が決壊して元々の形状に戻ったのです。
マクロ的といいますか、大変うがった見方かも知れませんが、人の力は大自然の力の前には無力だったということです。
こちらは私が9月24日14時05分発 羽田空港発⇒旭川空港行きJAL555便の窓から撮った写真です。

見えにくいかも知れませんが、北印旛沼が決壊して大きく広がっています(左下の白い街並みは千葉ニュータウンです)。
ニュースでは知っていたものの、上空から決壊の模様をこの目で直接見たのは初めてだったので開いた口が塞がらないというか、戦慄を覚えました。
私の家は北総台地にあたるので冠水や内水氾濫による被害はありませんでした。
これから家を買おうと計画されている方は、低地や水路の近くや急傾斜の近くは買わない方が良いです。
購入前にハザードマップを見たり、市役所の都市部・土木部の職員に相談すると良いです。
彼らは台風が来るごとに水防活動に出ていますから、地域の危険個所は熟知しています。
どうぞ遠慮なくお尋ねください!
ではまた!
See you !

















