相続ドタバタ物語④ 人を動かす
母が他界してから1か月が経った。
母の遺品の整理も終わった頃だが兄は何も言ってこないので、私の方から出向くことにした。
「そろそろ相続の手続きをしない?」
『そうなんだけど仕事も忙しいし、遺言書も出てこないんだ』
兄は自分だけが仕事で忙しいと思っている・・・。
「台所の下の棚の奥を見てみ!」
『あった! 迷い人、よく知ってるな?!』
「お母さんは大事な物は、そこに仕舞っておくんだよ」
さて、気になる遺言書の内容は
〇不動産A(母が住んでいた実家)は長男に、不動産B(両親が兄に住まわせていた家)は二男の私に相続させる。
〇金融資産は2人で均等に分割して相続させる。
というものだった。
不動産Aは不動産Bに比べてはるかに大きく資産価値も高いのだが、長男の兄を立てて、瞬時に了承した。
こうして相続の第一ハードルである財産分与割合についてはクリアした。
しかし、それからが大変だった。
2か月経ち、3か月経ち、4か月経っても兄は相続の手続きをしない。
電話をすると
「仕事が忙しい」とか
「江戸川からこっち(千葉県のこと)は相続税は掛からないから」など
何の根拠もないことを平気でいう。
相続税の申告の期限は被相続人が没後10か月である。
延滞金の金利は納期限の翌日から起算して30日間は年7.3%、それ以降は14.6%に跳ね上がる。(現在は多少下がっているらしいが)
8か月経っても返事が無いので、さすがに私も焦りだした。
「お兄さんが忙しいのなら、書類を渡したくれたら俺がやろうか?」
『いや、俺がやる!』
長男のプライドってやつか。
どうしたら兄を動かせられるだろうかと真剣に考えた結果、おだてることにした。
仕事人生の中で学んだことだが、人を動かすにはおだてることが一番だ。
「お兄さんは日本経済をけん引している立派な企業の理事だし、それ程の役員が申告が遅れたという噂が漏れたら大変でしょ?!」と歯の浮くようなセリフを吐くと
『うん! そうだよな。おまえもコンプライアンスを重視する企業に勤めているしな』と
まるで手のひらを反すような返事が返って来た。
やった! やっとこれで動き出した!
それから数日後、兄から電話が入った。
「相続税はな、基礎控除3千万円の他に一人あたり600万円の控除があって、あと俺は親の住んでいた家に入るから小規模宅地の特例というのがあって、それは申告すればいいだけの話だから・・・」
5分、10分、兄は延々としゃべり続ける。
どうせ国税局のHPでも見て仕入れた"にわか知識"だろう。
私は10年以上税務事務に携わってきたのだから、そんなことは熟知している。
それでも私は、はじめて知ったようなフリをして
「そうなんだ!! お兄さん、よく調べてくれたね、ありがとう! それじゃあ後の手続きはお願いね!」
と、満面の笑みを浮かべて返事をした。